……でも、時間はすぐ流れちまう。 次に見たときには、もうそんなものはなくなっていて、普通のみすぼらしい処刑台があるだけだった。 それで、しばらくすると処刑が始まったんだ。 やけに静まりかえってたね。いつもは一人ぐらい死ぬのが嫌で暴れる囚人がいるもんだが、その日 に限って誰一人逃げようとしたり、声を出す奴はいなかった。一番近くの平屋の影から、まるで幽霊 の行列みたいにのそりのそりと歩いてきた。誰も彼もが、死んでるようだった。まだ生きて、ちゃん と歩いてるのに、顔はうっすら白くて、目は澱んでいる。 おかしな話だろ? あたしも、これはおかしな、というか、つまらないなと思ったよ。殺されに行くのに、もう屍体な んだ。屍体が暴れるはずもないし、屍体の首を縊ったって、屍体は屍体なんだから。寒いし、眠いわ で、『ああ、こりゃ早く終わんねえかな』と思いはじめた。 囚人を所定に位置に立たせると、いつものように刑吏人が輪っかを一人一人に通し始めた。頭から かぶせて、ネクタイを結ぶみたいにキュッと締めればいい、簡単な作業さ。刑吏人も毎度のことだか ら手慣れた手つきで順々にやっていった。こんなのは、すぐに終わるし、やってる本人もはやく次に いきたいと思ってやってたはずだったんじゃないかな。一度、顎に引っかければ、あとは吊り下げて る最中に自然と締まるから、少しゆるんでてもそんなに心配いらない。そのはずだった。 でも、この時に限って、何かまごついてるのが遠くからでもはっきりわかった。少しすると、刑を 取り仕切ってる刑務官の一人があたしのところにやって来て、縄の調子を見ろって命令されたんだ。 あたしが、なんのこっちゃと思って見に行くと、ごつい刑吏人の奧で縄が揺れてる。近寄ってよく 見てみると、なんでか輪っかが端っこで切れてるんだよ。前の日にしっかり結んであることを、まあ 事務的だったかもしれないがね、この目で確かめたのにだよ。その頃には、縄を結ぶなんざ、自分だ けができる仕事って思ってたぐらいなんだ。そんな、刑吏人のあんちゃんの馬鹿力で引っ張ったぐら いで解けるように結んだ覚えはなかった。 どうも、こりゃおかしいな、とは思ったよ。 でも、そうやってボケッと突っ立ってたら、刑務官にどやされた。腑に落ちなかったけども、囚人 をずっと立たせっぱなしにするわけにもいかないし、まわりの刑吏人や刑務官は殺したくってうずう ずしてやがる。あたしは仕方なく、縄をもう一回確かめて、輪っかを作り始めた。今度は絶対に解け ないように少しきつめにね。 刑務官の奴ら、刑の段取りを崩されてイライラしたんだろうな。それでなくても、奴ら、規律をか さに着て無闇に殺すわの欲求不満の馬鹿野郎ばっかりだからな。虫けらのあたしがまごついてるのが 気にくわなかったんだ。刑吏人の奴だって同じようなもんだったのに、何にもどやさなかったのによ。 あの野郎、あたしが職務実直にやってるうしろで、『遅い』なんてぬかしやがって、何にもわから ねえくせに、輪っかの大きさの調節はいいからすぐに囚人の首に通せ、なんて命令してきた。それで、 あたしが腹立たしいのを押し殺してさ、側の刑吏人に輪っかを渡そうとすると、今度はなんて云った と思う? 『面倒だからお前がやれ』とぬかしやがった。面倒なのはこっちの方だってのによ。まっ たく、上から命令してきて、縄を結ぶモンの苦労なんかこれっぽっちも知らないんだよ。誰のおかげ でちゃんと処刑ができるのか、知ってんのかッ!て訊いてみたかったね。 ま、そんなことすりゃ、不満は解消するかもしれないけども、ピストル抜かれてハイ、サヨウナラ だ。処刑台に屍体がもう一つ増えることになる。割に合わないな。 あたしは渋々、側の刑務官に殺されるはずの囚人を連れてくるように合図した。連れてくるぐらい は、やってもらったって損はないだろう? |