あんたは若いから覚えちゃいないかもしれないし、もしかしたら生まれてもいないかもしれないか。
こん前の戦争のそのまた前のことになるね、あたしは片田舎に所帯を持って地味に暮らしとった男だ
ったんだよ。母ちゃんは、顔はいまいちだったけど、気だてが良くて面倒見も良くてね、まあ端から
見てるぶんにゃ立派な奥さんって感じだったかね。子どもは三人いてね、年子に生んだもんだからあ
んまり背丈は変わらなくて、顔も似てたもんだから、三つ子って言われもわからないくらいだったよ。
その割にゃ、性格はてんでバラバラでね。特に末っ子がじゃじゃ馬で困ったもんで、ある日、近所の
子どもを泣かせたっていうんで、その親がうちに訪ねてきて母ちゃんが腰を低くして謝っていたのを
覚えているよ。
 そん時ぐらいからかね。あの娘は、そのまま大きくなったら、きっと親の顔に泥を引っかけてその
まんまどこへなりと行っちまうような、とんでもねえ親不孝者になるだろうと思ったりしたよ。
 それは、あながち嘘じゃなくてね、いよいよ末の娘が大きくなってくると、じゃじゃ馬だからって
んじゃないが、拍車がかっかてきて、手に負えなくなってきた。あたしたち夫婦もなんとか馴らそう
とは思いましたよ、手練手管を尽くしてね。でもね、ありゃ、まさに邪気はないが鬼子だった。
 ある時、こういうことがありましたよ。
 あの娘も年頃になると色恋も覚えまして、近所の結構物持ちのいい家の坊主が好きになって、顔は
誰に似たんだか、あいつは鳶が鷹を生むような美人だったもんだから、性格に目をつぶってもいいと
思ったか、相手もまあまあ手遊び程度に好いたようなんです。そんで、二人一緒に歩いてると、『あ
のじゃじゃ馬を好くなんて』と噂が立ちまして、まあ評判がよろしくありません。しかし、あの頃の
あたしら夫婦は反対におとなしくなってなにより、と楽観的に見てました。これで結婚でもしくれり
ゃ、厄介払いができると薄っぺらい希望まで持ったもんですよ。
 でもね、やっぱりあの娘はあの娘でした。いや、それとも相手の坊主の暇にかこつけた玩具だった
んですかね。あたしも若い頃にはそういうことを小耳に挟んだものだから経験があるんです。いつも
同じものばかりじゃ飽きるから、たまには珍味も悪くない、とね。やつらが付き合いだしてから二月
ほどのことでしょうかね。坊主はさすがに最初は魅力的に見えたあの娘の性格やら言動も、その頃に
はとうに食えないものだとわかりだして、結局のところあの娘には黙って横恋慕なぞし始めたわけで
す。きっぱり縁を切りゃ、それで済むと思うかもしれないが、あの娘だからね。話を持ち出した途端
に、何をされるかわかったもんじゃない。あの坊主にもっと度胸があれば実行も我慢もできたかもし
れないが、そこらの小心者と同じでね、奴にゃあとで起こることを考えると怖かったんでしょうよ。
 ……しかし、莫迦なこった。それがあの坊主を破滅させたんですよ。