……
聴取記録第0845番から抜粋……
同所内第52番独房の刑務者に関わる一切の具体名は削除……
以下、状況の把握を優先……
「……どこから話しましょうかねえ。はじめからとなると、ちょっと骨が折れますぜ。なんせ、かれ
これ十二年、いんや、十五年は経っちまいましたからねえ。あたしゃ、これでもおつむの方は丈夫で
ならしていたけど、さすがに寄る年波にゃ勝てませんわね。それにね、こんな暮らし向きじゃ、老け
るなちゅうのは無理な話ですよ。
……そうですかい、そんなに話してほしいと。こりゃ、参ったね。こんな老いぼれの話を好きこの
んで聴こうなんて、あんたも物好きだねえ。年寄りの長話なんてのは、いつもは誰も聴いちゃくれな
いもんだがねえ。いままでだってそうさ。誰もあたしの話なんか真面目きって聴いてくれたためしな
んかありゃしなかった。そこらの道草の葉音ぐらいにしか思ってくれなかったんだからね。
……まあ、いいわな。あんたも気まぐれにあたしの話を聴きたいように、あたしも気まぐれに話し
てみるのも悪くはないかもしれないからね。でもね、気ィ留めんなさいよ。このポンコツのおつむは、
いくら叩いてもポンコツのポの字しか出てこないんだから。どうかすると、解けない暗号みたいなも
んでさ、しゃべくってるだけかもわかんないよ。あん時は『はい』か『いいえ』だけいってりゃこと
足りたから、長っ話には慣れてないんだ。それでもよけりゃ、石壁みたいにそこに突っ立てるなり、
寝そべるなりして聴いててくれりゃいいわ。
まあ、なんだね。あんたはよっぽど暇なんか、あたしと同じ莫迦なんかねえ。いやいや、滅多に来
やしないお客を莫迦なんていっちゃあ悪いわな。とすると、暇なんだね。あたしと同じにね。この世
は暇に飽かしてなんぼ、ともいうからね。
……ははあ、そうやった。
あん時のあたしも、まったくこの世っちゅうのに飽き飽きしてたんだ。
|