アテナの馬車は空を駆けている。
 二頭のたくましく筋肉の引き締まった白馬にひかれ、金色に縁取られた馬車は風を踊らせながら走
る。それに乗り、鞭を振るうアテナは全身にまとった純白の衣をなびかせ、頭には頑強な兜を頂き、
右手には手綱、そして左手には身の丈はあるかと思われる長槍を抱えるようにして持っていた。
 雲が通りすぎ、山々を眼下にして、馬車は勇壮さをたたえて突き進んでいく。アテナは彼女独特の
決然とした瞳で一直線に前方を見ている。その先には薄く雲におおわれた地平線が山並みを縁取るよ
うにのびていた。
 壮麗と強靱の、かのアルゴナイゼスから賛美と畏敬をもって崇められた、女神アテナの姿だった。
「主神様も慎重でございますね。私たちを使わされるとは」
 アテナの肩に乗っていたニケが話しかける。
「どうやらアポロン様とヘルメス様では収まりきらなくなったようです」
「それはまた、どのようないきさつで?」
「……アルテミス様に恥をかかせた者がどうなるか知っているでしょう?」
 唐突な言葉に、ニケが少し面食らったのを察したのか、アテナは言葉をつなぎ、
「ディオニュソス様は人間に陶酔をお授けになり、祭礼も司っておいでです。しかし人間界でならま
だしも、神域で喧噪など起こされれば、アルテミス様でなくとも騒がしくて腹が立つのは当然でしょ
うね。それ以前にアルテミス様の森は禁断の森。殿方たちの出入りは特に厳しいのです」
 ニケもようやくわかったのか、
「なるほど、アルテミス様をお止めするのが私たちのつとめというわけですね?」
「女神同士なら話が通じやすいだろう、というのが父上のお考えです」
「しかし、そうは申されましても、これは厄介でございますね」
 ニケのおしゃべりはそのあとも続いていたが、それらはすでにアテナの耳には入っていなかった。
 彼女は疑問に思っていた。
 父神がアルテミスの怒りを収めるためにアテナを使わせたのはある意味納得したが、あちらには狡
知のヘルメスがいる。ヘルメスがいながら、なぜアルテミスを説き伏せられないのか。それともよほ
どの事情があるのだろうか。
 そうでないとしたら……。
 彼女の思いもまた空を駆けていた。