遥か、テッサリアの野を北へ向かえば、
 強靱な山々の長たる、麓に行き着くことができる。
 岩場の門前にたたずむ者は、聞こえぬ声に耳を震わせ、見えぬ後光に目を奪われる。
 取り巻く雲に、胸をつかせる輝かしい峰は、地に這う鉄の種族に目をとめることを許されない。
 その雲をヘラクレスが神々に導かれたように、あるいはペルセウスが無謀な挑戦をしたように、
 神の羽を借り、突き進めば、
 雲間に荘厳な天宮の黄金に眩き、主神の住まいを見ることができるだろう。
 そして、天宮を取り囲むように座す、子神の住まいをも見ることができるだろう。
 雲間に漂う、決して朽ちることのない四季の大門をくぐれば、そこには天空の園を見ることができるだろう。
 行き交う麗しき姿は、人に似て、人には似ぬ、光をまとい、光を踏む姿。
 宮を進めば、神の火を支配するヘスティア女神の御前に出会うだろう。
 御女神を敬い、さらに進めば、光明に向かえられて、神々の宴を見ることができるだろう。
 神々は神酒を注ぎながら、アポロンに率いられたムーサの神々の音色に身を任せ、
 歌い笑い、語らいながら、宴に興ずる。
 華に満ちた場を抜け、さらに奥へ進めば、光に満ち満ちた階段の広場へ出るだろう。
 恐れ多い神の威風を抜け、階段を駆け上れば、慶雲の漂う間が見えるだろう。
 玉座へのびる段を見上げれば、主神の大いなる雷と、煌びやかな後光を放つ雲間に、
 白銀に光る髭をたくわえた御顔を拝むことができるだろう。



 アポロンは父神の前に立つと、いつも少なからず畏敬の念にとらわれる。  だが、その感情をひた隠しにして言うのだ。 「あなたに言われましたとおり、テーバイの宮において信託を授けましたが、これはいかなるお考え  なのでしょうか。あの者らにあなたは……」  父神は後光と慶雲から漏れる光を収めると、なお輝く体をゆっくりと子神の方へ運ばせた。 「そのようにあらたまる必要はない。我が子よ」  主神はにこやかに笑って見せた。 「そうですか。では………」  アポロンは薄笑いを浮かべて、透きとおる栗毛の長髪をかき上げた。そして、先ほどとは打って変 わって親しげに話し出した。 「親父に言われたとおりのことはやったが、やっぱりあれは親父の出る幕じゃなかったんじゃないか?  オレ一人でもなんとかなったはずだし、それにこれはオレの問題だ。親父は関係ないだろう」  主神に向かって不遜に話すこの神に、偉大なる父神ゼウスは、その名の通り毅然とした態度で言った。 「お前の尻拭いをわざわざしてやったというのに、その言い草はなんだ。お前の大切な娘らを取り戻 すために、わしが術策を練ってやったというに」 「まさか親父、オレの女を横取りしようだなんて考えているんじゃないだろうな!?」  一瞬、ゼウスはまずそうに威厳のある顔を曇らせたが、 「何を言うか! このわしが神の物を盗ろうなど……」  しかし、その反論もこの父神の性質を受け継いだ子神には、なんの説得力もなかった。アポロンは 疑り深そうな瞳を美しい髪の間からのぞかせた。  その時、足早に二神のもとへ駆け寄ってくる姿があった。白い羽の生えた黒いつば広の帽子に、狡 猾そうな瞳を覆う丸眼鏡、そして片手には二匹の蛇の絡みついた杖を持った小男風の この主神 の間に入れるということは、すなわち 神であった。  長身のアポロンの隣に立つと、そのほっそりとして小柄な体つきがよくわかる。 「おお、ヘルメスよ。なにか良い知らせでも持ってきたか」  主神はにこやかに子神である神を迎え入れた。  ヘルメスは不機嫌そうに視線を向けるアポロンを横目に言う。 「全世界を司る主神様、ご機嫌うるわしゅう。実は、このアポロン様についてお伝えしたく、参上し た次第です」  隣のアポロンはさらに不愉快そうに眉をひそめた。  ゼウスが手で合図するとヘルメスはかしこまって一礼する。 「ここにおられるアポロン様に仕える巫女らと神官らが我が神域に侵入し、何事かはじめた模様で、 何分気がかりでして、一言お伝えしなければと思いまして」  驚き、そしてさらに怒気を増しながら、それでも我慢しているアポロンは、しかし、目だけをヘル メスに向けて睨んだ。 「だが、機知に長けたヘルメスよ、そのようなこと、お前をしてここに出向かせるとはどういうことだ」  その問いに、ヘルメスは難しそうにうつむいた。  帽子のつばがヘルメスの顔に陰りを落とした。 「どうやらその巫女ら、マイナスになり果てたようで……」