なんのために父と元春が立ち合っていたのかはわからない。
わかろうという気もおきない。
おそらく、相応の理由があったからだろう。それをとやかく詮索したところで、父が帰ってくるは
ずもないのだ。
しかし、ただ一人の肉親を奪われた哀しみだけはどうしようもなかった。幼い一之介には自分の心
に渦巻く、いまだかつて経験したことのないどす黒い感情を御せるはずもなかった。
憎んでいないといえば嘘になる。
実際、一之介はそれから五年の間、ことあるごとに元春の居場所を訪ね歩いていた。
道場の門を叩いた十五の時でさえ、元春が出てきた瞬間、抜刀する覚悟はできていた。
しかし、出迎えた徒弟の一人が「師範は宿酔を召されて」として元春は道場にはいないと告げたと
き、なぜか気力がふっと霧散するのを感じたるのだった。
それから数日間、元春は道場に姿を現さなかった。
一之介は辛抱強く道場周辺で様子をうかがっていた。
が、まったく気配がないことをようやく悟ると、もう一度道場の門を叩いた。
門弟の一人になり、元春に近づこうとするとは名案であった。
しかし、ようやく姿を現した元春は、あの時と違い、飄然としてつかみどころがない。
襲いかかる気位も、元春にとっては稽古のひとつとしかとってくれない。『いつでもかかってこい』
と言った元春である。兵は奇道なり、など知り尽くしていた。しかたなく門弟との稽古に打ち込むこ
とによって、一之介は見つめる元春に執念を誇示するしかなかったのである。
しかし、その執念こそは気迫となって剣の腕をあげる。
いかに元春であろうと、いつかは追いつく日が来る。
それだけを信じて、門弟の居並ぶ道場に卒然と立つ元春を見つめていた。
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