しばらく待っていると、金糸に彩られた駕籠が、二三の側仕えとともにやってきた。 間口近くの下座に控えた一之介は、御簾越しに橙の装束と長烏帽子を被った麗人が参入するのを見 た。仁は豊かに座へと下る。一之介は面を伏せてはいたが、向けられているであろう視線と、場を支 配する独特の威圧を全身に感じた。 「面をあげい」 右手に座して、束帯へと衣替えした盛親が、先ほどとは違い端然として言った。 「相岳国の住人、斎木一之介。そなたに帝より勅命を授ける」 「は」 「西域に飛びたちし御宝『舞龍』を探し出し、和那に持ち帰ること」 一之介は思わず面を上げた。 「『舞龍』と申しますと、御蔵の三宝の一つでございますか」 盛親が御簾の方に視線を送る。中でわずかに何かが動いた。 「……その通り。かくは三宝の一つ。『宵虎』『奏逸鳥』と並ぶ御宝である。中でも『舞龍』は極め たるもの。それが二十日あまり前、西へと飛び立った」 三宝は、「形なきものにして形を与え」と称されるように、無形の光にして護国の宝である。伝え によれば、和那の創り主・天照神君が現帝が連なる一族に授けたとされ、国家の危機を未然に防ぎ、 救国の礎となるといわれる。現に紀元二八一四年に起こった魔僧・惟閻に始まる大乱においても、三 宝昇天し、飢餓・疫病をことごとく取り除き、暗雲整除して、大乱の収めにつなげた。ゆえに、五百 年後のいまもって、三宝は最も死守すべき国宝なのである。 ……そのひとつ、『舞龍』が西へ去ったという。三宝は無形にであるからして、未知なる力によっ て、あるいは己の意思によって神出鬼没する。しかし、元来が護国の宝として産まれたがゆえ、時あ らば救国せんと御蔵で密やかに眠る定めにあるはずである。 これは国家の大事であるとともに、あるいは和那の皇国が衰退する兆しではないかという早計さえ 及ぼす。思わしくないのは確かである。 「神職の者らに調べさせたところ、『舞龍』は無形にして己の意志を持つがために、時が経つにつれ、 人格を持つという」 「人格と仰有りますか」 「左様。元来、天神の力を受け継ぐためにそのようになるのだと」 どこかでかすかな吐息が聞こえた。それは御簾の奥からのようでもあった。 「いわば、眠りに飽きかね、旅愁を求めたのだと……」 「はあ」 また、大事であるからよほどの理由があるかと思えば、御宝は旅に出たのだというのである。 「得心せぬのも無理からぬことであろう。今に到るまで、このようなことはなかったのだからな。し かし、御宝の力を信じれば、左様なことが起こらないとも限らぬ。いや、現に起こったのじゃ」 「……実に霊妙なことで」 「まことに」 と、御簾に目を配った盛親は、喉奥で空咳をして身をただすのである。 「して、斎木一之介」 「は」 「そなたにその探索を命じるのは他でもない。そなたの水月流剣術の腕前、世に広く知れ渡っている。 且つ、その身慎ましく、大言を弄さず、偏に兵法に勤しむと聞き及ぶ。また、松月門前での多勢の曲 者を相手にした功労、しかと聞いた。よって、此度の大任、他に授ける者おらずと思うが」 それは盛親の言であるとともに、おそらく御簾の御仁の言でもあるのだろう。 一之介はひたすらに頭を垂れた。 「しかし、拙はいまだ師範代の身の上。そのような任に力量及ぶかどうか計りかねます」 「いや、市中見渡しても、そなたほど優れたものはおらぬ。師範代といえど、免許皆伝を受けたと聞 くぞ」 確かに一昨年、元春から免許皆伝を受けた。それはつまり、水月流の道統を継ぎ、すべての技能を 十全に会得したことを示すものであった。 「これ以上の所以があるか」 「は」 「……これは勅命である。ゆめゆめ忘れるな」 そう言われれば仕方のないことである。勅命とは、つまり否応なく受けねばならないことである。 退く他はない。 「よいな」 一之介は畏まって頭を下げるのであった。 「そのような呈であるからして、出立の日取りはそちらで決められい。しかし、早急に頼むぞ」 |