園は野趣にあふれた造りにして、松の枝葉は小径にせり出し、古池の周囲には雑木の諸々がひしめ き合っている。一見、伸びるにまかせたままと思われるが、小径を通る人は枝葉がつくる橋に典雅を 認め、石橋を渡る人は水面に映る赤木の色に錦の鯉がたゆたう小景を愉しむのである。これは、密や かな山野を映したものであり、石灰岩の三柱で囲った四阿しかり、奥まった古径の先の寂庵しかりで あった。 さて、園には古池の縁に切り開いた一隅があり、水面を望む屋舎がある。これもまた侘びたたたず まいであったが、軒広く、瓦葺き黒々として、柱は古木の趣にして、障子の清廉は一際光を放つもの であった。古書院、銘を『青白殿』といい、帝の謁見に使われるものである。 一之介が参じたとき、青白殿の向かい、小茶屋の縁台に人影を見た。野袴を履いているところから 散策か従者の者であろうが、今日の用立てあらば、従者の一人なのだろう。しかし、主人をおいて、 のんびりと茶を飲むとは不遜な者である。 と、じっと眺めていたのに気づいたのか、碗を手に持った当の人物がこちらを振り返った。はじめ、 反応はなかったが、すぐに得心いったのか相好を崩した。 「斎木殿か」 なぜ名を知っているのかというより、ふくみ笑みを浮かべたその顔が不審ではあった。 「そなた、本日は気を楽にすることです。古の天高き帝と違い、現帝は慈しみ豊かに、笑いを解する。 ひとつ、余興でも献上するがよいでしょう」 そう言って茶をすする。ますます不遜であった。 「お手前は臣であらせられるか」 一之介は多少の嫌を含ませて問うた。 すると、野袴の男はすっと振り向き、今度は朗らかに笑い出すのである。 「なるほど、『誰しもが誰かの臣』でありますな。身は臣であり主人でもあるのだが……それは誰し もということになりましょうか」 そうして、また笑う。一之介はぼうと立っているばかりである。 「斎木殿、まさにそれでよいのです。礼を尽くせば、あとは心。皆、平らかになる」 型破りなことをいう。はたして何者なのかということが一之介の胸中にわき上がった。 そこで、身の処し方に困っている姿に気づいたのか、「失敬」と言って、男は碗を傍らに置いた。 「禅問答など巷においては目くらましほどの役にしか立たないものです」 一之介をまじまじと見る。 この時、一之介の風貌は帷子はつけていないまでも、小素襖に紺袴、二本差しに、後ろで結った髪 と、若武者の身なりであった。 これを評して男は、「まさに、まさに」とつぶやいた。 「そなた、斎木殿で相違ないですな」 首肯すると、男は立ち上がって進み出た。 「身は盛親。帝は数刻で到着するでありましょう。帝が待つは不遜でしょうから、そなた先に参られ ませ。ささ」 一之介の背に手をおいて、この篤川盛親は導くのである。 |