「……あたしは何とかそうやって生きながらえていた。そうして、なんでそうやって生きてなきゃい けないのかとっくの昔に忘れちまった頃、あたしは、運ばれてくる真っ白に固まった屍体の山をぼう っと突っ立って眺めていたんでさ。 それがあたしの仕事でした。 屍体を転がして、地下の窯に持っていって焼く。 ススと灰にまみれた手で凍り付くような屍体の冷たさを味わうのが日課になっていました。 仕事が終わってパンとスープの粗末な飯を食うときには、もう何の味もしない。スポンジと水を流 し込んでるとしか感じなかった。でも、真っ黒な手が握るスプーンはもう震えることはなくなってい ましたがね。 それが、本当に最期まで続くんじゃないかと思いだした頃、呼び止められたんですよ。 上へ行けとね。 あたしは長い穴蔵生活とおさらばして、日の光のある外に出てきた。でもね、いま考えると、それ が良かったのか悪かったのかわからなくなる。暗い森の中では、お日様ほど陰惨に照らすものはない んだ。 『保健所』の脇には広場がありました。その中央には木で造った横長の台がぽつんとあって、ジメジ メした地面の上に建っているんです。台の両方の端からは頑丈な柱が伸びていて、一番上で間を橋渡 すように台と同じ幅の角材が載せてあってね。その頃はまだはじめの方だったから、それで済んだん だ。わかるでしょ、絞首台。つまり、あたしは屍体がどこから運ばれてくるのかこの目で見たんだ。 あたしが命じられたのは、そこで殺しの準備をすることだった。 手頃な縄を用意すると、それを梁の上へかけて、輪っかの形に結ぶんですよ。それを次の処刑の人 数分つくる。あたしはその一つ一つを、引っ張って梁から落ちないか、輪っかはほどけないか、頭が 通る大きさか調べる。それが終わると刑務官を呼んで、確認してもらう。あたしはその横でビクビク しながら突っ立ってる。窯焼きよりも緊張したね。なんせ、駄目だしされた日にゃ、なにをされるか わかったもんじゃない。その場で銃口を突きつけられて……てなこともありえたんだ。あいつらはあ たしらを便利な家畜ぐらいにしか思っていなかったからね。それに、換えなんていくらでもいる。気 にくわなかったら厄介払いなんて簡単にできた。あたしは、軽蔑で満たされた刑務官の顔が『よし』 と云って、やっと、苦痛から解放された。これで今日も命拾いしたってね。 そういう時、穴蔵のほうがどれほどよかっただろうって思うこともありましたよ。 そうやって、あたしがあくせく荒縄を結んだあとに、しばらくして刑吏人とか警備員とか、たまに 所長なんかもやってきて処刑が行われるわけ。あたしはただ用意だけすればいい役回りだったんだけ ども、関係者はみんな集まる決まりだったみたいで、末席からその光景を見ていました。 あの頃は、ガスなんかを使う前だったから、それはそれは古風なもんでね、後ろ手に縛られた五六 人の囚人が地面から少し高くなった台の上に追い立てられていくんだ。一人一人の立ち位置は決まっ ていてね、その上にはあたしの用意した輪っかがぶら下がってる。刑吏人のごついあんちゃんが一人 ずつ輪っかを首にかけていって、首の大きさに輪っかを絞って準備完了。お偉いさんが『戦時法に基 づいて……』とかなんとかご託を並べたあと、最期に言い残すことは?って、まあお決まりの質問を するわけさ。 でもね、その段までくると、誰もそんな話しなんか聴きやしない。みんな自分のことでいっぱいい っぱいなんだよ。神様にお祈りし出す奴や、か細い声で命乞いする奴はまだ良いよ。仕舞いにゃ、や る前にショック死する奴や、暴れ出すもんだから縄が締まって自分で逝っちまう奴、タチの悪いのじ ゃブルって小便漏らす奴なんかね。死ぬ前から漏らしてたんじゃ世話ないって話だよ。 |