「……あんまり面白くないでしょうが。ねえ。他を当たった方がよっぽど暇を潰すにゃ、なんですか
ね、有意義、て言うんですか、そういう風になると思うんですがね。こんな汚らしいとこで、面と向
かって話すなんざ、どう考えても無駄でしょうが。あんたが何を知りたいんだか、あたしにゃわかり
ませんがね、もっといくらでも人がいると思いますよ。


 ……なんですか。
 ……それでも、まだ聴きたいって? はあ。そりゃ、どうしようもないこったね
え。最初に謝っておきますが、客人には失礼ですがね、あんたちょっとおかしいんじゃないかな。だ
って、あんたみたいな立派な人が、落ち穂拾いみたいなまねして何が楽しいんですか? こんな爺の
話を熱心に聴くなんて。……そうですかい。わかりましたよ。よっぽど、腹が減ってんですね。まあ
まあ、ご苦労なこった。


 それで? なにを、まだ話せばよござんすか?


 ……へえ、それからのことね。そうね、まあ大変なことがあったけどさ、なんでかのたれ死にはし
ないで、無駄に生きてたのかな、独り身になりましたがね、なんとかやっていましたよ。……こんな
んでいいんですか? 


……あ、そう。はいはい、わかりましたよ。


 まあ、戦争の前ってえと、とりとめもなく色んな事が起こりましたな。特に総統閣下が立たれてか
らというもの、頻繁に『狩り』がありました。あの頃はそこら中が狩り場になって、床板や天井板の
一つ一つはがされて、獲物がいないか調べ尽くされてましたよ。住んでるやつらの大半は害虫駆除み
たいに、喜んで狩人を家に入れてましたが、残りはこそこそと獲物を隠したり、逃がしたりしていま
した。でも、ドジはいるもんで、捕まったら最後、精肉工場のトラックみてえな車に乗せられて、ど
こかへ連れ去れちまいます。
 今から考えるとおかしなことかもしれませんがね、うまいこといかなかったら、あたしも危うく仲
間入りして下ろされちまうところだったんですよ。なぜかって、あたしはその頃、職もなく当てもな
い浮浪者でしたから。今の、この腑抜けきった世の中と違いましてね、あの時は社会が認めない者は
死ねというような厳しい世の中でしたから、当然、あたしなんかは第一の獲物だったんですね。
 ま、そうは言っても、良心を持ってる人ってのは、こんな荒みきった世の中でも探せばいるもんで、
浮浪者のあたしらを好んで助けようなんて物好きもいましたがね。廃屋かなんかを改造した炊き出し
場をつくって、失業者や浮浪者なんかにエサを与えていたわけです。良心を飯にして垂れ流していた
わけですな。中には腐りかけて、酸っぱい匂いのするものもありましたがね。
 あたしも食うに困る身分でしたから、曲がった脚を引きずりながら、並びたくもない行列に並ばな
きゃなりませんでした。そうして、やっと錆び付いてボコボコになった鉄の椀をもらってもね、まず
い粥しか喰うことしかできない。最初は本当に泣きたくなりました。でも、そうしなくちゃならない
となるとね、これは恐ろしいもんで、だんだんと神経が麻痺してきて苦でも何でもなくなってしまう
んですよ。粥はいつまでたっても不味いから、なるべく感じないように手早くかきこむことは必要で
したがね。