今は昔…… はるか遠い宇宙で……
山海の生き物たちに彩られた、タベタラン星には四つの人々と、数多くの国々がありました。
ひとつは、植物の頭をもった植生人たちのいる緑鮮やかな森の地域。
ひとつは、立派な体をもった獣人たちのいる風が吹き渡る草原の地域。
ひとつは、最もたくさんな人々をもつ虫人たちのいる沼に囲まれた湿地の地域。
ひとつは、自由に水の中を泳ぐ魚人のいるとても広い海の地域。
彼らはそれぞれ集まって、時には大きな王国をつくったり、時には他の人々と交流したりして仲良
く暮らしていました。
大地は豊かに潤って、食べものには困ることなく、またそれぞれの人々はお互いに信頼しあってい
たので、いざこざは滅多に起きませんでした。
そうして、この星は穏やかに長い年月を重ねていきました。
そんな、ある日。
この星の神様である『天』が青空に雷を光らせました。びっくりした人々は何だろうと思って空を
見上げました。すると、太陽の中から声が聞こえて、三日後の晩にみんな集まって宴会を開こうと云
ったのです。
人々はこの言葉に喜びました。でも、ある人は「お祝い事もないのに、なんで宴会を開くのだろう」
と云っておかしく思いました。
三日後の晩。
植生人たちと獣人たち、それに虫人と魚人たちは『天』を真ん中にして宴会を催しました。それは
それは楽しい宴で、人々は飲めや歌えの大騒ぎ。それは朝までつづくようにも思えました。
『天』はその中で同じようにご機嫌でした。人々が本当に仲良く暮らし、笑顔でいることに満足しま
した。でも、『天』はこうも思いました。人々は今のままで満足している。これ以上、立派になろう
とも考えないし、誰よりも偉くなろうとは考えてはいない。それは、とても平和でいいことなのかも
しれない。でも、もしかしたら生まれてから死ぬまでぬるま湯につかったまま怠けているだけなので
はないだろうか。寝ころんだまま起きあがろうとしないだけなのではないだろうか。しっかりした気
持ちもなく、とろけているだけなのではないだろうか。
そこで『天』は試してみることにしました。
右手の黒いものを差し出すと、『天』は云いました。
「みんな聴いてくれ。これをいまから地上に落とす。もし、これが欲しいなら、早い者勝ちだよ」
黒いものを見た人々は、突然それまでのにぎやかな宴会をやめると、それをじっと眺めました。そ
して我先へと手をのばしたのでした。『天』が黒いものを手放し、地上に落とすと、人々は杯を足で
けっ飛ばし、料理の皿をぶちまけながら駆け出していきました。
『天』はこれを見て、少し心配になりましたが、落ち着いて空から見守ることにしました。
黒いものは、その名を「欲」と云いました。人々はそれを探しだし、そして自分のものにするため
に血眼になりました。邪魔するものを叩き伏せ、相手に見せつけるために国を大きくし、それを手に
するためにあらゆる快楽をむさぼりました。
そうして、それまで平和だった星は荒れ果て、争いの絶えないところになってしまいました。
トマト大王という王様は、そうした世界に生まれました。
彼は植生人の中でもとびきり立派な人々である野菜人たちの王様でした。彼の治める王国は代々、
国の中で最も強いものを王様にするというしきたりがあり、中でもトマト一族は何度も王様になった
ことがある名家でした。トマト大王自身も数多くの王様志願者を破って王様になった強い人でした。
彼は強いだけではなく、人望にも恵まれていて、ナス大臣以下の優良な配下のおかげで王国は平和そ
のものでした。国民は日々の生活に満足していました。
しかし、国民に笑顔があふれて本当に長い年月がたつにつれて、その国民を笑顔にしたトマト大王
自身の顔から笑顔がなくなっていったのです。それはかつての『天』のようでした。
彼は妄信めいたことを信じていました。大王であるからには今に満足せず、名に恥じぬように努力
しなければならない。一つでも多くの功績を立て、名だたる猛者たちを打ち破らなければならない。
そして、彼にできることは王様になったときと同じく、身一つで闘うことだけでした。
彼はある日思い立って、ナス大臣にこう云いました。
「余は出奔する。強者の高みを目指す」
これを聞いたナス大臣が驚いたことは云うまでもありません。彼は前につきだした大きな鼻をぶら
んぶらん振ると答えました。
「なんと云われる、大王様。どこへ行こうといわれるのです?」
「決まっておろうが。強者を求め、さすらうことこそただ一つの道なり。武者修行よ!」
大臣はさらに驚いて、今度は心配そうに云いました。
「それは危のうございます。旅先にてどのような災いが大王様に及ぶかもわかりません。大王様の身
になにかあれば、わたくし生きては参れません」
しかし、今にも泣き出しそうな大臣を前にしても大王は譲ることなく、
「何を申すか。余の『屠魔斗神王拳』の前に敵などおらぬわ!」
と高らかに笑ったのでした。
「しかし、お国はどうなされます? 大王様がいてくださらなければ、お国は乱れましょう」
「フン、くどいわ! 我が分身に任せればよいであろう」
しばらく大臣は考えていましたが、その言葉で察するところあるらしく、
「なるほど。その手がございましたな」
納得したのでした。
「む、そうじゃ。大臣よ、お主もともに来るがよい。お主がいれば何かと都合がよいかもしれん」
大王はそう云って、あわてる大臣の肩を抱えて歩き始めました。
「では、行くぞ、大臣! 我が伝説の始まりじゃ!」
ナス大臣をお伴に、王宮を出発するトマト大王の後ろ姿には意気揚々とした威風が漂っていました。
そこには、支配や圧政などの悪意の影はなく、ただひたすらの清々しさをともなった情熱があり
ました。
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