「大臣、持て」
「はは!」
そう云うと大臣は声音を変えて、
「……トマト大王、新しい顔よ! それぇ!」
大臣は手に持っていた何かを投げ飛ばしました。それはコマのようにくるくる自転して、潰れた大
王の顔に当たるとそれを押し出し、そして 胴体の上には丸いトマト大王の顔がありました。
チャン チャン チャン チャン
チャ チャ チャ チャン チャカチャーン
チャン チャカチャーン チャーン
どこからともなく奇妙な音楽が流れてきました。まるでそれに合わせるように、大王の顔はピカピ
カと光ります。
「これぞ、屠魔斗神王拳秘技、頭部脱着術よ!」
「ナ、ナニー!」
頭部脱着術は、ある伝説の英雄が得意とした秘技でした。
大王はその英雄に大王である誇りを一時捨ててまで頭を下げて教えを請い、過酷な修行に耐え、技を
会得したのでした。
「余の顔はいくらでも換えることのできる不死の顔。貴様の攻撃など効かぬのだ!」
「ヒ、ヒキョウダゾ!」
「語るな。悪人にはその資格もありはせぬのだ」
その言葉に、絶望したネズミは狂ったように走り出しました。
「ヌギイイェエェ!」
両手が一直線に左右へ開かれていきます。
「カオガ……ダメナラカラダ!」
「無駄なあがきをしおって。悪人は地獄へ堕ちるがよい!」
大王は迫り来るネズミに向かって突進していきます。
刹那、二人のは同時に拳を繰り出しました。
どこかで花火があがる音が聞こえました。
それは何を祝っているのでしょうか。それとも、華々しく開いた瞬間には消えてなくなることを彼
らに知らせているのでしょうか。
二人は何事もなかったように相手を背にして立っていました。
「手応えが……」
いつのまにかネズミは元の姿に戻り、機械の声もいつもの甲高いものに変わっていました。
「無駄だと云うたのだ」
その途端、ネズミはあやつり糸が断ち切れたようにふらりとくずおれました。
「我が胴は頭部の発する意識波により固定された幽体。攻撃はことごとく透るのだ」
「それは、ないよ。反則だ」
「闘いに反則などあるものか。誰も規則などもうけておらぬ。むしろ奇道として賞賛されるものぞ」
それを聞くとネズミは諦めたように力なく笑いました。
「もう、ダメなのかな……」
「時代は変わるのだ。それは前世今生来世、いつも変わらぬ」
大王の顔にも悲しみの影がちらつき
しかしその時、地鳴りとともに部屋が揺れはじめ、大王の顔の翳りは消えてしまいました。
「アハッ、負けたよ。やっぱり野菜人の王様は強いや」
ネズミの目頭に涙があふれます。
「……さあ、速く逃げるんだ。王国は……王国は、崩壊するよ」
一際大きな震動が襲ってきます。
崩壊は天井にまで進み、無数の瓦礫が降り注ぎはじめました。
「ゆくぞ、ナス大臣!」
「ハハッ!」
大王一行は振り返ることなく部屋をあとにしました。
あとにはネズミ、ただ一匹が残されました。
「ああ、こうして終わるのかボクたちは……」
その声は崩壊の音に埋もれていきました。
「ごめんよ……ごめんよ、ウォルトおじさん」
その言葉を最後に、ネズミの姿は見えなくなりました。
「すべては崩壊の終結するか。これもまた道理よの」
王国の落日を彩る風景を眺めながら大王はつぶやいていました。
「大王様、速くお逃げください!」
「わかっておる。……だが、この大国が消え去ってゆくのも名残惜しゅうてな」
湾岸を覆っていた世界に名だたる王国は、一夜の夢幻のごとく、空高く立ちのぼってゆく黒煙を名
残として沈んでいきます。
『夢の国』の名の通り、煙に没するようにして。
「だが、余の伝説はこれから始まったばかりじゃ。行く手には有象無象のごとく、あるいは綺羅星の
ごとく強者猛者が待ち受けていることじゃろう。……フ、なんと楽しきことか。今生は薔薇園のごと
し。色香と棘に満ちて余を待っておるのじゃ。のう、大臣よ」
「御意に。わたくしは大王様の従者なれば、どこへでもお伴する所存にございます」
彼らは再び、意気揚々と旅をつづけるのでありました。
つづく
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