トマト大王がまず最初に目をつけたのは、湾岸地帯に広がる、ある巨大な王国でした。
 彼はひとつの噂を聞きました。
 その王国には怪しげな笑いとおどけた仕草で人心を掌握する術に長けた、一匹のネズミがいるとい
うのです。普段は気優しそうに愛想を振りまく一方で、裏ではとてもあくどい一面をもっていて、人
気を背景に商品を売りさばいて荒稼ぎをしたり、邪魔するものがいれば、裁判とドリーム&マジック
で徹底的に打ちのめすとも云われています。
 王国の長であるネズミは滅多に国外へ出ないのですが、分身を操って世界を手玉にとり、彼の術に
かかった人はあとを絶たないのだそうです。
「あやかしの術で民草の心を意のままに操るとは不埒千万! 余が討ち取ってくれる!」
 そのようにトマト大王が怒りあらわにして、王国の入り口に立ったのは、もしかしたら彼の王国の
婦女子のあのとろけきった腑抜け顔を何度となく目にしていたためなのかもしれません。なにより、
その婦女子が高貴の眼差しで見つめる先には、どう見ても作り笑いであるとおぼしきネズミの顔があ
りました。彼はこの顔に感情的と云うより、生理的な嫌悪を感じていたのでした。
 いまにもあふれ出しそうな怒りをなんとか収めながら、彼が城門をそれこそ道場やぶりのごとく名
乗り上げようかと思いながら、通り過ぎようとしたその時でした。
 どこからともなく奇っ怪な音楽が聞こえはじめたのでした。ピコピコとなんだか気に触る音楽です
(あとで知ったことには、それはエレクトリカなんたらという、省エネを無視した大名行列に使われ
る音楽と云うことでした)。
 そして、それを背景に奧から二人組のリスが現れたのでした。いかにも怪しげな目のギラついたリ
スたちです。
「おっと、お客さんたち入場料は払ったのかい?」
「お金を払わなきゃ入場禁止だよ!」
 そう云って見下した態度で大王と大臣にからんできました。
「ここは通行税を取るのか?」
「あん? 通行税? 金ならしめて四千円だ。とっとと置いてけ」
「なに、四千円じゃと! その額ならば、辺境のゴボウ族が一ヶ月食うに困らぬぞ。うぬぬ、ますま
す不埒千万!」
「大王様、いかがなされます?」
「法外な通行税、下賤のものを旅人の向かいに寄越すとは無礼極まりなし! 万死に値するな」
「ん? よく見ればキミたちトマトとナス」
「おいしそうだな。喰っちまえ!」
 草食性であるリスたちは、目の色を変えるなり二人に躍りかかってきました。
「フッ、リスはリスらしく木の実を喰らっとればよいものを」
 リスたちの鋭い齧歯がまるで猛獣の爪のように、大王の顔に突きたてられようとした、その時でし
た。風を切るような音が聞こえたかと思うと、リスたちは襲いかかろうとした格好のままピタリと動
かなくなったのです。
「……地中に埋めた木の実の場所もわからんような低脳の畜生どもめ。頭が高いわ」
「か、体が」
「動かない……?」
「……溶当という秘孔を突いた。貴様らの体はあと三秒で骨を残し溶け去る」
「な、なにを」
「溶け去るですと?」
 と、次の瞬間でした。
 リスたちの体から煙が立ちはじめたのです。
「うわあああ、な、なん、なんだ、これはぁ!」
「体が、体が!」
 みるみるうちにリスたちの体は泥水のようにだらしなく垂れ落ちていきました。体毛は落ち、あれ
ほど威勢を誇っていた長い牙は抜け、そして最後には眼球までもがネジが抜け落ちるようにポロリと
転がっていきました。
「溶け死にながら、自らの悪行を悔やむがいい」
 大王が侮蔑の言葉を吐きかけたときには、リスたちの体は完全に溶け、かろうじて眼窩の開いた頭
だけが最後の訴えをするように口を痙攣させてのたうち回っていました。
「何で、ボクたちが、こんな目に……」
「ウォルト……お、じ、さ……ん」
 あとには二体分のリスの全身骨格が残されているだけでした。
「骨があれば埋葬はできよう。畜生どもへの余からの温情じゃ。感謝せよ」
 大王は吐き捨てると、足早に立ち去っていきました。